Charge Essay1月号:『亀太郎オジィとの思い出』


タコの家(タクヌヤー)をいくつ知っているかが、『財産をどれだけ持っているか』であり、
タコとり名人と呼ばれる人は、そのタクヌヤーを次々回って捕獲しているのだ。
亀太郎オジィは、海中地図を頭の中に持っていて、今日は南回り線、今日は北回り線、とその日の潮の流れなど海況を考慮して、数あるタクヌヤーを点繋ぎに進んでいく。
地図の始点に着くと、アンカーで船を止める。
手もりの先をヤスリで研いで、マスクの曇り止めをし、ウエイトのついたベルトを腰につける。
自分の身体にくくった紐の先には、浮き。
まず浮きを海に放り込むと、マスクをつけ、手モリを持って、ひらりと海に飛び込む。
その一連の作業を写真に収めると、私は水中カメラを持って、後を追う。
タコはお出かけするときは家のドアは開けっ放しなので、ドアの閉まっているタクヌヤーを確認して、モリつきの準備をする。
すっと、ドアを開けると、モリで一突き!
それを追うようにすっとカギを入れ、家の外に引き出す。
その一連の動作が、流れるように美しく、一瞬で終わってしまうその瞬間が、永遠であるかのように頭の中に焼き付いている。

「力でなく、技」の世界に惹かれていた私は、その技を習得したいと思い、海人の後をずっと追いかけていた。
けれども私は、モリではなく、その武器をカメラに変えたのだ。
カメラでその一瞬を追う。
そのために、彼らについていく泳力、長距離を泳ぐ持久力、瞬間でその位置に入れる筋力、息を止めていられる肺活量、など必要だと思われる力を身に付け、追いかけてきた。
女性の漁師、海女さんも然りだ。
自らの息の続く範囲で、身体一つで、海、自然と向き合う力を持っている彼ら、彼女らを尊敬し、そうなりたいと思い続けてきた。
母となり、海に潜れる時間が少なくなり、今は、子供と共に始めた伝統空手でその身体の使い方を学び、習得しようと日々鍛錬している。
軸の取り方、身体のバネの使い方、理にかなった身体の使い方や呼吸法。
まだまだだけれど、この延長戦に力強さがあり、海人を追いかけていた私に足りなかったであろう「当てる力」、空手でいう『アテファー』を身に付けられると信じている。
手モリを放つとき、カギで引き寄せる時、獲物を締める時、アワビを岩から剥がす時、ぐんと打ち込むその力は、シャッターを切ることでは得られなかった感覚。
そして違いは、大地の反発力と海の無重力。
そんな陸と海との大きな違いを含め、身体を隅々まで使う、ということを行いながら、写真まとめも進めている。
写真は、過去の時間を一瞬で思い出させてくれる、すごいものだなって、しみじみと感じながら。
最後に、『2月の写真を見て、昔の事を思い出した。このカレンダーは、ウチナービケーンだね(沖縄独特のもの、の意味)』とお手紙をくださった方の文章をご紹介します。

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私が小学2〜3年の頃だったと思います。
私が住んでいる城間の海岸近くに糸満から移住してきた家族が居りました。
男たちは海に出て漁をしておりました。
母親はそれらの収穫された魚類を売り歩いておりました。
ある時、海岸でその家族の男の一人に出会いました。
モリに1匹のタコを突き刺しておりました。
その男は、モリからタコを外そうとしておりました。
タコの足が1つちぎれました。
その男は「貰いなさい」と言いました。
私たちはそのタコを足を奪い合いました・・・・
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私が沖縄に移り住んだ20代の頃。
幼く見えた私に、「ひもじくないか?」「お父さんお母さんは元気なのか?」と海人オジィたちは、心配して海の幸や、ご飯をたくさん食べさせてくれた。
・・・そんな思い出を引き出すような、
また、知らない人の世界を広げるきっかけとなるような作品を撮りたいな・・・・とひしひしと感じながら・・・

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